株式会社RABO 獣医師
獣医師。救急医療を中心に従事し、災害医療にも携わる。宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長を経て、現在RABOに所属。Webメディア監修、獣医師や飼い主向けセミナー講演、メディア取材などでも活動。
猫免疫不全ウイルス(FIV)に感染し、エイズ(免疫不全状態)を発症すると、免疫が低下することによりさまざまな理由で死に至ります。そこで今回は猫の飼い主に向け、基本的な情報や予防法まで詳しく紹介します。
<この記事のポイント> ・外出する猫の感染リスクは、20倍以上とも ・オスはメスの2倍多い ・エイズ発症までの潜伏期が長い ・潜伏期にも様々な病気を起こす
監修した専門家
株式会社RABO 獣医師
獣医師。救急医療を中心に従事し、災害医療にも携わる。宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長を経て、現在RABOに所属。Webメディア監修、獣医師や飼い主向けセミナー講演、メディア取材などでも活動。
アリアスペットクリニック 院長 / 臨床獣医師
神奈川県の地域中核病院でジェネラリストとして経験を積みながら、学会発表も行う。2019年アメリカ獣医内科学会で口頭発表。アニコムホールディングスに入社後は#stayanicomプロジェクトの中心メンバーとしてコロナ禍のペット救護に当たる。2020年から現職。得意分野は運動器疾患、猫使い(使われ)。
猫エイズという呼び方は通称であり、正確には「猫免疫不全ウイルス感染症」という病気です。混同されがちですが、猫免疫不全ウイルス(FIV:Feline Immunodeficiency Virus)に感染した猫が、免疫不全状態(エイズ)を発症すると、猫エイズと呼ばれるようになります。人間でもウイルスの名前であるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と、病気の状態を表すAIDS(エイズ:後天性免疫不全症候群)が混同されがちですが、言葉の意味合いは異なります。
「エイズ」という言葉から「感染する」「不治の病」という怖いイメージが浸透していますが、感染経路はかなり限られており、感染した場合でも発症せずに平均寿命まで生きる猫も多くいます。
猫感染症研究会によると、日本の猫におけるFIVの感染率は、10%前後と言われています。やや古い研究ですが、家庭内で飼育される猫だけでみるともっと低いと考えられます。屋内と野外を行き来する猫の感染率は15~30%と高く、室内で飼う猫の20倍以上とも報告されています。
またオス猫とメス猫で感染率を比較すると、オス猫の方が2倍以上感染率が高いこともわかっており、特に注意が必要です。オスが多い理由は、猫同士の縄張り争いやメス猫の取り合いなどで喧嘩になりやすいことが考えられます。この時に感染猫から咬み傷などを負うと、唾液や血液を介してFIVに感染してしまいます。
FIVに感染すると、さまざまな身体の変化が起きます。エイズ状態(免疫不全状態)になる前にも、病気がちな状態になってしまうことが多いです。
FIVは感染した後、すぐにエイズを発症し死に至るわけではありません。FIVには潜伏期間が存在し、その間も症状は起きますが、まだエイズを発症している状態にはありません。潜伏期間は長期の場合もあり、天寿を迎えるまでエイズを発症しないこともあります。
ただし、いつエイズを発症するかのタイミングは誰にもわかりません。エイズを発症すると、ほぼ100%の確率で亡くなってしまいます。発症はしないまでも、潜伏期間の間は口内炎や消化器症状などを繰り返し、徐々に進行することから、日々の体調には気を配る必要があります。
FIVに感染し、徐々に病状が進行すると、口内炎や歯肉炎、下痢、猫カゼなどの病気にかかりやすい「病気がち」な状態になります。さらに進行して末期の免疫不全状態になると、通常の免疫力があれば問題を起こさないような身の回りの細菌、真菌(カビ)、寄生虫などが原因でも体調を崩してしまい、皮膚炎や重篤な肺炎などの症状が現れます。これを日和見感染(ひよりみ感染)といいます。
このように、特定の症状に限らず、全身にあらゆる感染を起こしやすくなることが怖いところであり、治療が難しい理由でもあります。
理由ははっきりと分かっていませんが、FIVに感染するとリンパ腫などの腫瘍ができやすくなります。FIVに感染している猫は、感染していない猫よりも5倍リンパ腫を発症しやすいという報告もあるほどです。FIVに感染した猫はFeLV(ネコ白血病ウイルス)にも感染しやすくなり、さらにリンパ腫の発生の可能性を高めてしまいます。
リンパ腫とは白血球の一部(リンパ球)がガンになる病気です。胸の中や腸、鼻など全身の様々な場所に発生し、できた場所によって症状も異なります。治療には抗がん剤などを使う場合もありますが、積極的な治療が難しいこともあり、獣医師と相談しながら症状に応じて治療をおこないます。
猫 免疫不全ウイルス(FIV)はヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同じ「レンチウイルス属」に分類され、似た構造を持っています。しかし、FIVは人に対して感染せず、HIVも猫に感染することはありません。
もちろん猫同士では感染するため、多頭飼いでは注意が必要です。なお、犬などには感染しないものの、ライオンやトラなどの猫科の動物には感染すると言われています。
猫免疫不全ウイルス感染症と混同されがちなウイルスによる感染症として、猫白血病があります。正式名称は猫白血病ウイルス感染症で、ウイルスの名称は猫白血病ウイルス(FeLV: Feline Leukemia Virus)です。両者はまったく違うウイルスですが、治らないという点で共通項があり、混同されやすい感染症です。
FeLVは、咬み傷に限らず鼻汁、ウンチやおしっこなどの排せつ物などからも感染します。食器の共有などによっても感染するとされており、FIVと比べて感染しやすいことが特徴です。また感染後数年以内と比較的短い期間で腫瘍、貧血、免疫不全などが原因で死に至ります。
対してFIVは感染してからの経過が長く、必ずエイズを発症するわけでないため、余命や致死率などがFeLVとは異なります。ただし免疫が低下することから、FIVに感染している猫は、FeLVにも感染しやすくなります。また感染経路が同じ(唾液)であるため、咬み傷から同時に感染しているケースもあります。
どちらも一度感染すると完全に体の外に排除することが難しく、主に外で暮らす野良猫や外飼いの猫の間で感染するなど共通点もあります。
FIVは、猫同士の喧嘩による咬み傷から感染するケースがほとんどとされています。まれなケースですが、他にもいくつかの感染経路がありますので紹介します。また、感染しているかどうかを調べる方法についても紹介します。
FIVは、FIVに感染した猫との喧嘩による咬み傷などで感染します。感染力は強くないため、空気感染や接触感染はしません。また媒介となるのは唾液・血液などの体液であり、交尾中にオス猫がメス猫の首を咬む行為でも感染します。
つまり室内で飼育し、FIVに感染した猫との接触機会がなければ、感染リスクはほぼないと言えるでしょう。
FIVに感染した母猫が子猫を産むことで子猫にもFIVが感染することがあります。母猫から子猫への感染経路としては胎盤を介した感染のほか、乳汁から感染することもあると考えられています。ただしこれらはまれなケースで、基本的には去勢・避妊手術を実施して早期に室内飼育をすることで、感染のリスクはかなり抑えられます。
FIVに感染しているかどうかの判断は、血液を採取して検査キットによる抗体検査を行います。
しかし、子猫の場合は母猫からの移行抗体を持っていることがあり、この場合は感染していなくても検査は陽性になってしまいます。移行抗体が消える生後6ヵ月以降に再検査をしましょう。またFIVワクチンを接種した場合も検査は陽性となりますので、獣医師にきちんと伝えましょう。
この検査キットによる抗体検査で陽性となるのは、感染して2ヵ月ほど経過し、「抗体が作られてから」です。例えば猫を保護した翌日に検査して陰性となっても、「感染しているけどまだ抗体が出来ていない」状態な可能性があるため、確実に感染していないとは言い切れないのです。完全に外の猫との接触を絶ってから、2ヵ月後に再検査をおススメします。