イリオモテヤマネコの研究で博士号(琉球大学大学院理工学研究科)を取得。イエネコに世界で初めてデータロガーを付けたことが自慢。南極のペンギン類からアフリカのチーターの研究などを経て、現在は、瀬戸内海に棲むさまざまな動物を対象にバイオロギング研究を続けている。RABOでは、動物研究者の目線から機械学習チームの開発をサポートしている。
Catlog総研 第15回レポーティング! Catlogで分かる猫様のバイタルサイン(安静時呼吸数・体温変化)
バイタルサイン、という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?「バイタル」は日本語で「生命」を意味し、心拍数、呼吸数、体温、血圧といった生命活動や健康状態を表す指標をバイタルサインと呼びます。特に最近ではウェアラブルデバイスを用いることで人間のバイタルサインをより手軽に計測できるようになり、健康状態やストレスのチェックへの活用が進んでいます。
人間と同じように猫様においても、バイタルサインは健康状態を表す指標です。例えば、急な呼吸数の増加は呼吸器や循環器疾患のサイン、高体温は感染症等のサインである可能性があります。これらの指標を日常的にモニタリングすることは猫様の健康管理において重要です。
既にCatlogでは、安静時の体温変化を時間ごとに表示し、普段より一定以上高い場合はアラートする機能を提供しています。そしてこの度、安静時の呼吸数についても同様に表示・アラートする機能を新しくリリースしました。本リリースに合わせまして、今回のCatlog総研では猫様のバイタルサインについて特集します。
監修した専門家
博士(理学)。京都大学大学院理学研究科生物科学専攻を修了後、製薬会社にて研究職(非臨床安全性評価)に従事し、2023年4月にRABO入社。これまでに、神経科学及び毒性学領域(主にin vivo)での画像、行動、及び生体データを対象とした統計解析及び機械学習の技術開発を経験。猫様も好きだし、サルも好き。
猫様にとっての安静時の呼吸数・体温変化とは?
人間と同様、猫様にとってもバイタルサインはその健康状態のバロメータとしてチェックすべき重要な指標です。これらの数値の変化は猫様のストレスや体調不良のサインとなり、例えば、呼吸数が極端に増加している場合、呼吸器(肺炎や喘息等)や循環器(心臓病からの胸水や肺水腫等)、貧血・発熱・痛みなどのトラブルが疑われます。また、体温が平常値から外れている場合、発熱を伴う感染症や炎症性疾患など、さまざまな病気が潜んでいる可能性があります。
猫様の安静時呼吸数は一般的に1分間あたり15~30回程度が目安とされています。また、一般的に猫様の体温といった場合は直腸温を指し、おおよそ38.0~39.0℃が正常範囲です。猫様の年齢や状態等に応じた個体差があることから、日常的な測定により普段の数値を把握した上で、変化がある場合は速やかに獣医師に相談することが大切と言えるでしょう。
ここで注意が必要なのは、これらは安静時、つまり猫様が特に刺激を受けていない落ち着いた状態、での数値であり、運動中のような活発な状態と区別して測定されることが重要です。また、測定時に人間が緊張を与えてしまうと猫様の呼吸数や体温が一時的に上昇してしまうことがあるため、なるべく刺激を与えない技術が要求されます。加えて、人間の体温と同様に、1日の中で測定する時間によって数値が変化するため、同じ時間で比較する、という のも一つのポイントかもしれません。こういったことから、これらの測定を一般のご家庭で日常的に実施することは、労力の面でも技術的な面でもハードルが多いと言えるでしょう。
こういった課題を解決するため、Catlogでは猫様の首に装着されたペンダントの動きと温度から、安静時の呼吸数と体温を計測する技術を開発し、これらの数値をアプリケーション上で表示する機能に加え、一定の基準を超えた場合に飼い主さんへお知らせするアラート機能を新規にリリースしました。今回のCatlog総研では、Catlogで測定されたこれらのデータを分析し、猫様の年齢に応じた違いや1日の中での変化に関する記事をお届けします。
※図15-1. Catlogの安静時体温・呼吸数の表示・アラート機能
若いほど多い?安静時呼吸数の年齢変化
冒頭で、猫様の年齢等に応じた個体差がある、と述べましたが、具体的にどのような違いがあるのでしょうか?これを調べるために、Catlogをご利用かつ1日のうち6時間以上データが取得できている猫様について、1日分の安静時呼吸数及び安静時体温データを分析しました。
※図15-2. 年齢クラス別の平均安静時呼吸数。猫様ごとに平均安静時呼吸数を算出し、さらに性別及び年齢クラス別に中央値を直線で、全体の25%~75%にあたる範囲(四分位)を塗りつぶしで描出。
まず、安静時呼吸数の平均値について、性別及び年齢別に比較しました。その結果、いずれの年齢でもオスよりメスの方がやや高い傾向にあり、年齢別に見ると2歳未満が最も高く、 年齢を重ねるにつれ呼吸数が少なくなることが分かりました(図15-2)。また、性別や年齢に応じて個体差が認められる一方で、ほとんどの猫様の平均安静時呼吸数は18〜24回/分の範囲に収まることが分かります。
では、アラートが発出される安静時呼吸数が35回/分を超えるケースはどの程度の頻度で発生するでしょうか?これを調べるために、安静時呼吸数の最大値を猫様ごとに計算し、呼吸数別にその頻度を算出しました。その結果、35回/分を超えるケースは全猫様の1.0%と限定的であり、95%を超える猫様では最大値であっても30回/分未満でした。次に見るように、猫様の安静時呼吸数は1日の中でわずかに変動するものの基本的には30回/分未満であり、アラートが出る場合には体調変化がないか注意深く観察してあげたうえ、必要に応じて獣医師に相談することをお勧めします。
睡眠と関係する?安静時呼吸数と安静時体温の1日の推移
次に、1日の中で安静時の呼吸数や体温はどのように変化するでしょうか?これを調べるために、それぞれの数値の1時間ごとの推移について、全猫様の平均値を算出しました。
※図15-3. 1時間ごとの安静時呼吸数(上)及び体温変化(下)の推移。安静時呼吸数については全ての猫様の平均値を1時間ごとに算出。体温変化については、猫様ごとに直近2週間を基準とした相対値を算出し、1時間ごとに全ての猫様の平均値を算出。
その結果、安静時呼吸数は深夜(0時から3時)にかけて減少し、朝(9時)まで上昇した後、15時まで再び減少し、その後深夜まで上昇する二峰性の推移が見られました(図15-3上)。一方で、安静時体温は深夜(午前1時)から朝(午前7時)にかけて低下し続け、その後は再び深夜になるまで緩やかに上昇し続けることが分かりました(図15-3下)。いずれの場合も変動の範囲は小さいものの、安静時呼吸数と安静時体温変化では1日の推移パターンが大きく異なるようです。
このような推移パターンの差を生じる要因としてどのようなものがあるでしょうか?野生ネコ科の多くは、明け方と夕暮れに活発的に活動する薄明薄暮型の日周性をもつと言われており、Catlog総研第11回レポーティングでは睡眠パターンの解析を通して、この薄明薄暮性が飼育下の猫様でも同様に認められることを見てきました。具体的には、猫様は深夜の時間帯(1時〜4時)とお昼の時間帯(9時〜15時)の時間帯は睡眠の占める比率が増え、その一方で、また飼い主さんが在宅して活動していることの多い、5時から9時にかけてと17時から24時にかけて睡眠の比率が減少します。これは、上で見てきた安静時呼吸数とは逆のパターンに見えます。
この安静時呼吸数と睡眠時間の占める割合の関係を明確にするため、1時間ごとの平均安静時呼吸数と睡眠時間の割合を算出し、その相関を調べました。その結果、安静時呼吸数と睡眠時間の割合の間には負の相関(相関係数:-0.695)が認められました(図15-4左)。つまり、睡眠の多い時間帯では呼吸数は少なく、睡眠の少ない時間帯では呼吸数は多くなる、と言えるでしょう。一般的に、覚醒時やレム睡眠時と比較して、深いノンレム睡眠での呼吸は遅く規則的になります(文献3)。浅い睡眠の場合は、睡眠中でもすぐに活動できるよう呼吸回数を多くする一方で、深い睡眠の場合はすぐに活動することがないため、呼吸数が少なくなると考えられます。こういったことから、安静時呼吸数から猫様の睡眠の深さを推察できるかもしれ ません。
一方で、同様に安静時体温と睡眠時間の占める割合の関係を調べたところ、安静時体温と睡眠時間の間には明らかな相関関係が見られませんでした(図15-4右)。つまり、安静時呼吸と比較して安静時体温は睡眠の影響を受けづらいと言えるでしょう。呼吸は筋肉や脳の活動に応じて取り込む酸素の量を調節するために柔軟に変動するため、活動リズムに応じて呼吸回数が変動した結果を反映していると考えられます。一方で、哺乳類の体温調節の仕組みは活動による影響だけでなく、内因性の概日リズムによる影響を強く受けます(文献4)。そのため活動リズム以外の要因が影響していることが考えられます。今後、猫様の体温の変化を詳しく分析することで、哺乳類の進化に関わる生理的なメカニズムの発見につながるかもしれません。
※図15-4. 安静時呼吸数・体温と睡眠時間が占める割合の関係。1時間中に含まれる睡眠時間の占める割合(%)の全ての猫様の平均値を算出し、図15-3の安静時呼吸数・体温データと紐付けて散布図として描出。
Catlogで猫様のバイタルサインをより身近に!
本記事では、Catlogで測定される猫様のバイタルサイン(安静時呼吸数・体温変化)を調べることで、年齢に応じた変化や1日の中での推移がどのようになっているか、またこれらの違いはどういった要素の影響を受けるか、を考察してきました。冒頭でも述べたように、これらの指標の変化を把握することは体調の変化にいち早く気づくために重要です。
これに加えて、安静時呼吸数は睡眠の深さ(質)と関連することから、体調変化ほど急激な変化ではないものの、ストレスや生活の質(QoL)といった日常の細かな変化を理解し把握する上で大切なバロメータであるかもしれません。言い換えると、これらの数値を日常的にモニタリングし、猫様が快適に過ごせている時の数値を定義できれば、これらの指標を改善するよう猫様のケアや環境を見直すことで猫様のストレス軽減やQoL向上に貢献することが可能であると考えています。ぜひCatlogのバイタル関連機能を活用いただき、皆猫様の普段の様子や状態をより詳細に把握していただき、より健康で豊かな猫様ライフに活用いただけますと幸いです。
すべては、猫様のために。
参考文献
Ljungvall I, et al. (2014) “Sleeping and resting respiratory rates in healthy adult cats and cats with subclinical heart disease.” Journal of Feline Medicine and Surgery 16(4) : 281-290.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24170428/
Porciello F et al. (2016) “Sleeping and resting respiratory rates in dogs and cats with medically-controlled left-sided congestive heart failure.” The Veterinary Journal.: 164-168. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26639825/
Orem J et al. (1977) “Breathing during sleep and wakefulness in the cat.” Respiration Physiology 30(3): 265-289. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0034568777900354
Refinetti R (2010) “The circadian rhythm of body temperature.” Frontiers in Bioscience
15: 564-594.https://www.imrpress.com/journal/FBL/15/2/10.2741/3634
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ライター
Catlog総合研究所
「Catlog」シリーズを利用いただいている猫様から取得・蓄積された行動ログデータや体重・排泄データなどを活用した研究機関。 猫様の行動や習性をよりよく理解するきっかけとなる研究データをお届けしてまいります。
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