イリオモテヤマネコの研究で博士号(琉球大学大学院理工学研究科)を取得。イエネコに世界で初めてデータロガーを付けたことが自慢。南極のペンギン類からアフリカのチーターの研究などを経て、現在は、瀬戸内海に棲むさまざまな動物を対象にバイオロギング研究を続けている。RABOでは、動物研究者の目線から機械学習チームの開発をサポートしている。
Catlog総研 第10回レポーティング! 猫様はトイレで何してる?猫様の排泄行動とその個性
Catlog総研では、これまでに猫様のトイレ利用に関する様々なデータを分析してきました。これには、第2回:トイレ内での排泄する場所、第4回:性別による排泄量や時間の違い、第8回:トイレ利用の周期性などが含まれます。
このようなデータ分析によって猫様の個性的な排泄行動の理解を深めてきましたが、さらに一歩進んで、これらの行動の違いや変化から猫様のトイレ環境に対する好みについて伺い知ることができるのでしょうか?
そこで今回は、猫様のトイレ内での行動をより詳しく分析した学術研究について調査を行いました。まず、猫様の排泄行動の流れやタイプについて理解した上で、これがトイレ環境の違いによって受ける影響、トイレ利用に問題のある猫様での行動の変化、更に母猫でみられる特徴的な行動の変化について見ていきます。そして、これらの研究を俯瞰した上で、今後、Catlogのデータが猫様の健康や福祉、イエネコの生物学的な理解にどのように貢献できるかを考えたいと思います。
監修した専門家
実は複雑!猫様の排泄行動
イエネコは食肉目の中でも、より複雑で特異的な排泄行動を持つようです。飼い猫の多くは排泄後、砂を使って糞や尿を隠しますが、野生のネコ科動物ではこのような行動はみられません。
具体的にどのような行動をトイレの中で行っているのでしょうか?飼い猫のトイレ内での行動を詳しく観察した研究(1)によると、トイレに入った後にすぐに排泄するのではなく、排泄の前に前足で砂を掘るなどの行動(排泄前行動)があり、しゃがんで排泄した後に砂をかけて排泄物を覆うなどの行動(排泄後行動)を含む基本行動(図10-1)があることが示されています。また、猫様によっては、すぐにトイレに入らずにトイレの周りを歩いて匂いを嗅いだり、退室後にトイレ周辺を匂いを嗅いで歩く場合があり、より詳しい行動タイプを加えるとなんと計39種類の行動タイプにより排泄行動は構成されているそうです。これらの排泄に関わる行動は、猫様の個性や生活環境によって、大きく変化するようです。
トイレ環境によって排泄行動はどう変わる?
研究(1)では、トイレ環境に十分なスペースがあり、吸湿性のある細かい粒子の砂が供給されている「豊かな環境」と、飼われているスペースも狭く、トイレの砂の質も悪い「制限された環境」の間で、排泄行動にどのような違いがあるかを比較しています。その結果、制限された環境では、排泄前に箱の周りで匂いを嗅ぐなどに、より多くの時間を費やしました。また、排泄中の時間が長く、排泄後の毛づくろいや立つ・座る・歩くなどの行動が増え、一連の排泄行動にかかる時間が伸びる傾向があったそうです。とくに制限された環境では排尿中の時間と排尿・排便共に排泄後の時間が統計的に意味のあるレベルで長くなることが示されました(図10-2及び表1)。この研究結果は、排泄行動を詳細に記録することで、猫様のトイレ利用に対する好みを知ることができることを示唆しています。
※表1.研究(1)の結果を元にした、トイレ環境による排泄行動に要する時間の比較。表中の数値はそれぞれの平均値(秒)を示し、統計的に意味のあるレベルでトイレ環境間で差が検出された数値をマーカーで示す。
| 排尿前 | 排尿中 | 排尿後 | 排便前 | 排便中 | 排便後 |
制限された環境 | 129.2 | 51.4 | 253.7 | 189.2 | 44.6 | 241.4 |
豊かな環境 | 65.3 | 19.7 | 65.9 | 132.1 | 40.0 | 62.8 |
トイレ利用に問題のある猫様の排泄行動
つぎに排泄行動を別の視点から分析した研究(2)を紹介します。野生のネコ科動物は、糞や尿を用いて縄張りの境界でマーキングすることが知られていますが、家庭 で飼われている猫様(飼い猫)は指定されたトイレで排泄することが一般的です。飼い猫はトレーニングによって特定のトイレを利用するようになりますが、すべての猫様がこれを習得するわけではありません。研究(2)では、トイレ利用に問題がある猫様のグループと問題のない猫様のグループで排泄前後の行動の違いや、トイレの位置が排泄行動にどう影響するかを調べています。また、この研究では、排尿と排便を分けずに排泄として観察しています。
※表2.研究(2)の結果を元にした、トイレ利用の問題の有無による排泄行動の比較。排泄行動には排尿と排便を含み、表中の数値はそれぞれの平均値(秒)を示し、統計的に意味のあるレベルで問題の有無による差が検出された数値をマーカーで示す。排泄行動には排尿と排便を含む。
| 排泄前の砂堀り | 排泄後の砂埋め | 排泄後の爪研ぎ | 排泄後の匂い嗅ぎ |
問題あり | 4.0 | 9.8 | 6.5 | 15.3 |
問題なし | 12.4 | 15.7 | 6.4 | 21.1 |
観察の結果、1日当たりの排 泄回数がトイレ利用に問題のない猫様では平均5回だったのに対して、問題のある猫様では3回と少ないことがわかりました。また、排泄前の砂を掘る行動が問題のある猫様では統計的に意味のあるレベルで短いことがわかりました(図10-3及び表2)。一方で、排泄物を覆う時間や匂いを嗅ぐ時間など排泄後の行動に関しては、両グループ間で差異は見られませんでした。これらの結果から、猫様が排泄前にトイレの砂や大きさ、清潔さなどに対して確認を行い、その好みの影響を受けてトイレ利用の問題が生じていることが考えられます。
※図10-4.研究(2)の結果を元にした、家の中心からトイレまでの距離と排泄後に匂いを嗅ぐ時間の関係。
また、両グループ共に家の中心からトイレが近いほど、排泄後に匂いを嗅ぐ時間が長くなる傾向がみられました(図10-4)。なぜ、トイレの位置が排泄後の匂いを嗅ぐ行動に影響するのでしょうか?研究(2)では、猫様は自身のテリトリー内での排泄物を隠す行動を取ることが一般的で、テリトリー内での安全性や快適さを維持しようとする行動と関連していると考察しています。ただし、猫様が家の中心のトイレの匂いに特に関心を示す具体的な理由については説明されていません。その疑問に関連する興味深い内容が研究(3)に報告されています。
母猫では排泄行動が変化する!雌猫の年齢・繁殖状況間で排泄行動を比較
※表3.研究(3)の結果を元にした、さまざまな年齢と繁殖状況の雌の排泄行動の比較。表中の数値はそれぞれの平均値(秒)を示し、統計的に意味のあるレベルでグループ間で差が検出された数値をマーカーで示す。
| 排尿前の砂堀り | 排尿後の砂埋め | 排便前の砂堀り | 排便後の砂埋め |
授乳雌 | 12.9 | 13.0 | 2.5 | 32.0 |
非繁殖雌 | 0.6 | 4.0 | 6.1 | 21.8 |
若雌 | 1.3 | 4.1 | 12.0 | 13.5 |
仔猫 | 6.1 | 9.3 | 12.9 | 21.7 |
研究(3)は、さまざまな年齢と繁殖状況の雌猫(子猫・若年成猫・非繁殖中の成猫・授乳中の成猫)の排泄前後の行動を調査しています。その結果、授乳期の雌が排泄前の砂堀りと排泄後に排泄物を埋める行動を多く行い、とくに尿を埋めるための動作に、より長い時間を費やすことが示されました(図10-5及び表3)。授乳期の雌が排泄物をより丁寧に覆う理由として、研究(3)では母猫が子猫を捕食者や他の雄猫などの脅威から守るため、自身の存在を隠蔽するために排泄物をより効果的に隠すためだと考察しています。図10-4で示されたように、雌猫が子猫を守るために家の中心から近い場合ほど排泄物の匂いが残っていないことを入念に確認していると解釈すると理解できます。飼い猫でも母猫がこのような野性の本能を示していることには驚きです。
※子猫のために排泄物を隠す母猫のイメージ
猫様のより快適なトイレ利用のために。Catlogデータの今後の活用
今回ご紹介した研究成果は、イエネコの排泄行動が複雑な要因により影響を受けていることを示しています。しかし、これらの研究は行動観察の手法が異なるため、計測された排泄行動の時間を直接比較することができません。また、それぞれ限られた数の個体に基づいており、性別や猫種など猫様の個性による違いは十分に検証されていません。そのため、研究(1)では「制限された環境」の方が排泄前行動は長い一方で、研究(2)だとトイレ利用に問題ない猫の方が排泄前行動が長いといったような、個々の研究が独立しているために一貫性のある解釈を与えることが難しい部分が存在します。
こういった課題に対し、統一のデバイスであるCatlogで取得された大規模データを用いることで、排泄行動をさらに詳細かつ包括的にアプローチすることが可能です。Catlog Boardでは、体重やトイレの回数、排泄物の重量といった項目に加えて、猫様がトイレに入ってから出るまでの時間や排泄時間、猫様がトイレ内のどの辺りで排泄をしているか、といったこともデータとして取得できます。飼い主さんから入力いただいた年齢や性別、繁殖状況、使用しているトイレといった猫様と飼育環境に関する情報を組み合わせてCatlogデータを分析することで、猫様のトイレに対する好みとその行動との関係をより詳細に評価できるかもしれません。
このような取り組みを通じ、猫様にとって快適なトイレ環境を整えるのに有益な情報を提供できるよう、引き続き研究を続けていきます。
引用文献
McGowan RTS, Ellis JJ, Bensky MK, Martin F. 2017. The ins and outs of the litter box: A detailed ethogram of cat elimination behavior in two contrasting environments. App Ani Beh Sci. 194:67-68. doi: doi.org/10.1016/j.applanim.2017.05.009 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S016815911730151X?via%3Dihub
Sung W, Crowell-Davis SL. 2006. Elimination behavior patterns of domestic cats (Felis catus) with and without elimination behavior problems. Am J Vet Res. 67:1500-1504. doi: 10.2460/ajvr.67.9.1500. PMID: 16948592. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16948592/
Ferreira GA, Meneguello Lí, Genaro G. 2024. Elimination behavior in the female domestic cat: Burying and smelling - Implications for chemical communication. App Ani Beh Sci. 270:106140. doi: 10.1016/j.applanim.2023.106140. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S016815912300312X
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ライター
Catlog総合研究所
「Catlog」シリーズを利用いただいている猫様から取得・蓄積された行動ログデータや体重・排泄データなどを活用した研究機関。 猫様の行動や習性をよりよく理解するきっかけとなる研究データをお届けしてまいります。
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