イリオモテヤマネコの研究で博士号(琉球大学大学院理工学研究科)を取得。イエネコに世界で初めてデータロガーを付けたことが自慢。南極のペンギン類からアフリカのチーターの研究などを経て、現在は、瀬戸内海に棲むさまざまな動物を対象にバイオロギング研究を続けている。RABOでは、動物研究者の目線から機械学習チームの開発をサポートしている。

Catlog総研 第16回レポーティング!ストレススコアからみる室温変化と猫様のストレス!
ストレスという言葉は人間にとっては非常に身近である一方で、猫様がストレスを感じているかどうかを知ることはなかなか難しいものです。しかし、膀胱炎や胃腸炎、脱毛、感染症など、ストレスに起因する疾患も少なくなく、猫様のストレス状態の変化にいち早く気づき、ストレス要因を取り除いてあげることは、猫様の健康の維持と生活の質の向上に重要です。
こういった飼い主さんのストレスケアのサポートとなるべく、この度、Catlogの新機能として「ストレススコア・アラート機能」を開発しました。今回のCatlog総研ではこのリリースを記念し、代表的なストレス因子の一つである気温変化とストレススコアについて特集します。
監修した専門家


博士(理学)。京都大学大学院理学研究科生物科学専攻を修了後、製薬会社にて研究職(非臨床安全性評価)に従事し、2023年4月にRABO入社。これまでに、神経科学及び毒性学領域(主にin vivo)での画像、行動、及び生体データを対象とした統計解析及び機械学習の技術開発を経験。猫様も好きだし、サルも好き。

猫様のストレスとCatlogのスト レススコア・アラート機能
猫様にとってストレスとは?
まず初めに、そもそも猫様にとってストレスとはどのようなものかを簡単におさらいしましょう。ストレスは「外部環境からの刺激に対して生じる生理的な反応」であり、ストレス要因となる刺激には物理的なもの(暑熱や外傷など)から心理的なもの(不安、疼痛など)まで様々です(文献1)。この刺激を受け、体の中では交感神経の活動が亢進し、心拍数や呼吸数の増加といったストレス応答が生じます。これ自体は生き物として正常な反応の範囲内ですが、さらに大きな刺激を受けたり、長期間にわたって刺激を受けると、毛繕いの増加をはじめとした行動や睡眠の変化、あるいは「攻撃的になる」といった性格の変化が猫様のストレスサインとして現れます。
では、どのような時に猫様はストレスを感じるのでしょうか?一般的に猫様のストレス要因は様々あり、例えば、来客や引越し、気温変化のような環境の変化をはじめとして、食事やトイレの変化、あるいはお留守番や外出といった飼い主さんの行動に起因するものなど、様々です。
Catlogのストレススコア・アラート機能
このようなストレスによる猫様の行動やバイタルの変化にいち早く飼い主さんが気付けるよう、Catlogではストレススコア・アラート機能を新しく開発しました。Catlogで取得できるデータのうち獣医学的にストレス増加と関連すると言われる毛繕いや呼吸数の増加などに着目し、一般的にストレス増加を伴うと考えられるイベントと関連する行動やバイタルの変化に関する知見をこれまで蓄積してきました。ストレススコア機能では、その日の行動やバイタルの変化をその子の普段の状態と比較することで、いつもと比べたその日の猫様のストレス状態を3段階(「平常」、「やや上昇」、「上昇」)に分類します。また、「上昇」の状態が数日間継続した場合には、ストレスアラートとして飼い主さんにお知らせします。この機能を用いることで、飼い主さんは猫様のストレス増加にいち早く気づくことができます。

※図16-1. Catlogのストレススコア・アラート機能
ストレスアラートが出た時、どうすれば良い?
では、ストレスアラートが通知された時、飼い主さんはどのようにすれば良いでしょうか?ストレスの要因によって打ち手は様々ですが、まずは環境を見直し、猫様にとって快適な環境を整えましょう。例えば、空調を適切に使い室温の変化を小さくする、寝床やトイレを清潔にする、隠れられるスペースを用意するなどが考えられます。あるいは、飼い主さんと猫様のふれあいの時間を増やしたり、おもちゃやキャットタワーなどを用いて猫様が遊ぶ時間を増やしてあげることも、ストレス発散には効果的です。もし、元気がない、食べ物を吐く、おしっこをしないなどの体調のサインが出たら、早めに獣医師を受診してください。
詳しくは以下の記事でも解説していますので、合わせて参考にしていただければと思います。
参考:https://rabo.cat/media/2022/01/28/1/
どういう時にストレススコアが上昇するか?
では、どのような時にストレススコアが「上昇」と判定されるでしょうか?これを調べるために、2025年1月以降の約9000猫様のストレススコアを算出し、ストレススコアが「上昇」と判定される猫様の比率を1日ごとに算出しました(図16-2)。
その結果、冬の1月や2月はコンスタントに1日で5%程度の猫様がストレススコアが「上昇」と判定される一方で、3月以降はこの比率が一過性に急増する日が複数見られました。特に3月下旬、4月中旬、5月中旬には特徴的なピークが見られます。このことから、春先から夏にかけて猫様がストレスを多めに感じる日が時々発生することが分かります。

※図16-2. ストレススコアが「上昇」と判定される猫様の比率の推移。2025年1月から5月の各日で、ストレススコアが判定される猫様のうち、スコアが「上昇」と判定される猫様の比率を描出。
春から夏にかけて室温が一過性に上昇する日が多い!
それでは、このようなストレススコア「上昇」の 猫様数の増加はどのような要因によるものでしょうか?冒頭で述べたように、猫様にとって気温変化は代表的なストレス要因であることから、春から夏にかけての気温上昇が最も疑わしいでしょう。そこで、実際に猫様が暮らされているお部屋での室温を分析しました。具体的には、Catlog総研第7回レポーティングと同様に、これまでの分析した猫様のCatlog Pendantと紐づくCatlog Homeについて、取得された温度データを抽出し、各日の平均室温を算出しました(図16-3)。また、冬から夏にかけての長期的な気温上昇トレンドを可視化するために、30日移動平均を合わせて算出しました。
その結果、ストレススコアが「上昇」の猫様が増加した、3月下旬、4月中旬、及び、5月中旬に一過性の室温のピークが見られます。これらのピークは30日間移動平均との乖離が大きい点であることから、単純に室温が高い時期にストレススコアが「上昇」になるのではなく、普段の室温と比較した時の室温差(以下、「普段からの室温差」と呼びます)が大きい時点でストレススコアが「上昇」の猫様が増えていると解釈できます。

※図16-3. 1日の平均室温の推移。2025年1月から5月の各日で、Catlog Homeで取得される室温の平均値(℃)及びその30日移動平均を描出。
普段からの室温差が大きいと、ストレススコアが「 上昇」の猫様が増える!
実際に、普段からの室温差とストレススコアが「上昇」の猫様率の関係をより明確にするため、両者を並べて描出しました(図16-4)。その結果、ストレススコアが「上昇」の猫様率(青線)でピークが見られた時点では、確かに普段からの室温差でもピークとなっていることが分かります。

※図16-4. 図16-3で算出した平均室温とその30日間移動平均の差を、普段からの室温差(℃、左縦軸)として描出。また、図16-2で算出したストレススコアが「上昇」と判定される猫様の比率の推移(%、右縦軸)を描出。
両者の相関関係をより明確にするために、各日のデータを点とし、横軸を室温差、縦軸をスコア「上昇」の猫様率とした散布図を描出したところ(図16-5)、確かに両者には正の相関関係が見られました。ただし、直線的な相関ではなく、普段からの室温差が小さい(±1.5℃未満)の場合はスコア「上昇」の猫様率はほぼ横ばいであり、室温差が大きい(1.5℃以上)の場合にスコア「上昇」の猫様率が急増します。よって、ストレススコアは大きな室温の変動に伴うストレス増加を反映していると考えられます。気温変化の大きい季節は、猫様のストレススコアが高くなっていないかご確認いただき、もし上昇している場合は、普段からの室温差が小さくなるようエアコンで室温を適切に調整してあげてくださいね。

※図16-5. 図16-5で算出した室温差とストレススコアが「上昇」と判定される猫様の比率について、横軸を室温差、縦軸をスコア「上昇」の猫様率、各点を2025年1月から5月の各日となるような散布図を描出。
まとめ
今回のCatlog総研では、Catlogの新機能であるストレススコア・アラート機能について紹介し、2025年1月から5月にかけて生じる急な室温の変化による猫様のストレス増加がストレススコアに反映されていることを見てきました。今回の記事では、代表的なストレス要因である室温の変化にのみ着目しましたが、実際のストレス要因は様々であり、また猫様の性格や住環境によって、影響を受けやすいストレス要因は猫様ごとに異なります。本機能を活用することで猫様がどのようなストレス要因に敏感かを飼い主さんが確認でき、その猫様にとってより快適な環境の整備と、ひいてはより健康的で豊かな生活に寄与できれば幸いです。
参考文献
文献1)新村毅(編). 2022. 動物福祉学. 昭和堂.
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ライター

Catlog総合研究所
「Catlog」シリーズを利用いただいている猫様から取得・蓄積された行動ログデータや体重・排泄データなどを活用した研究機関。 猫様の行動や習性をよりよく理解するきっかけとなる研究データをお届けしてまいります。
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